15.除夜の長谷寺

大学生の頃、年末に千葉に帰ると、仲間から大晦日に決まって連絡が入った。10時ぐらいに千葉駅に集合して成田山新勝寺へ。新年は境内でおしくらまんじゅう状態で迎え、帰りに参道の適当な店に入ってあれこれ喋って騒いで午前4時頃帰宅し、仮眠を取って朝の雑煮。元日の昼すぎには麻雀の誘いが入り、昨夜のメンバーが入れ替わり立ち替わり集まって徹夜になった。2日の夜か3日の朝に帰ってきて、泥のように眠る。それが正月だった。学生をおえると、いつしかこんな年中行事もなくなっていった。

習い性になっていたのか奈良に住むようになってから、大晦日の行事が何となく復活した。もとより信仰心に篤いわけではない。しっかり歩き回って帰り道か、帰ってからか飲んで良い眠りにつく。目が覚めれば気持ちのいい正月。大晦日から元旦にかけてのアホTVとは無縁ですむ。

千葉のときのように決まった場所はない。社寺は数え切れないほどあるから暮れのうちに選択しておく。東大寺、薬師寺、春日大社など年ごとにいろいろ行ってみた。去年は京都に足をのばして八坂神社の「おけら参り」。今年は熊野君ゆかりの真言宗豊山派総本山長谷寺に決めた。寺と近鉄がタイアップしているらしい年末の車内の「長谷寺観音万燈会」のポスターが綺麗だったからである。

牡丹で名高いこの寺は、その季節に一度来たことがある。駅から商店街のある参道を下って初瀬川を越えると今度は登りになって山門(仁王門)に至る。そこからは狭い長い石段になっていて、山の斜面を登って本堂をめざすのだが、この幅3メートルほどの石段に屋根がついている。だからこれが有名な回廊になるのだ。

大晦日はこの階段の各段の両脇に、長崎の精霊流しのときのような四角い燈籠を置く。天井からも2つずつ吊り下げる。「献燈」と書かれた裏側に、吊りは2万円、置きは1万円を納めた人や企業の名前が入れられている。くだんのポスターには「歴史があるからこそ、その光は神秘的なのかもしれない」とある。雰囲気はそんなものかな。悪くはない。

実は9時半頃駅を降りてびっくりした。道は誰も歩いていないし、参道の店は、駅前の旅館が二,三軒灯りがついているだけでほとんどが閉まっている。途中に甘酒や蒸し饅頭を売っている和菓子屋と酒屋が開いているだけだ。参詣がすんだらここで一杯、と当たりをつけて前進する。回廊を登りはじめても行き交う人はほんの僅か。大仰な機器を抱えて燈籠を撮影するプロのカメラマンの方が多いくらいだ。成田の風景とは全然違う。

本堂のご本尊は十一面観音像。薄暗い灯明の下でひざまずいて祈る四人ほどの人影があった。本堂の前は清水寺のような舞台になっていて、昼間なら斜面の下がよく見渡せる。今は暗闇のなかに回廊の燈籠の列が点々と並んで、これが一番のハイライトだった。善男善女が列をなして登ってくる、という光景では何の有り難みもなかっただろう。宣伝費を無駄にした寺と近鉄には感謝しなくては。

再び参道に戻っての帰途、酒屋はもう閉まっているではないか。閉めたばかりらしく、ガラス戸の奥に光があったのでトントンと叩いてリザーブ&ウォーターの缶を売ってもらう。

帰りの電車が西の京を通ったとき、いつもの大晦日と勝手が違うので途中下車して薬師寺に寄った。ここでは整理券を配布して除夜の鐘を撞かせてくれる。ただし人数が多いので5人一組となり108にこだわらず、明け方まで延々続く。近所迷惑といえないこともない。今年は新しい金堂が落成したので結構な賑わいでした。

ダブルで参詣したのだから、御利益もダブルというのは虫のいい話かな。

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