9.南京事件
私は、この事件に関しても、戦争という大きな悲劇の中の一つという位置づけです。こっちが殺すか、相手に殺されるかという戦場において、軍服を脱いで民衆に紛れ込んだ兵隊に恐怖感を抱いたら、無差別に撃ってしまうのではないでしょうか。

だから、事件が存在し、無抵抗な住民も殺したことは認めるが、それは戦争という大きな悲劇の中での過ちだと考える。過ちだから謝罪もするが、これだけに何度も焦点をあてて追求されると、ちょっと違うのではないかとなる。

過ちと言うには数が多い、日本軍の人道に反する犯罪だと言われると、それを言うなら原爆はどうか、日本各地の無差別大空襲はと言いたくなる。数こそ違うが、住民を殺してしまうのは、武器を使った現代の、各地の戦闘でも必ず生じていることではないか。

日本には、この事件について、30万人という数から真偽論争をしている人もいるが、「一人の命は地球より重い」とかの論理で、犯罪者の赤軍の要求に屈服した日本としては、これが3万人だったらいいのかとかは言えないと思う。

半藤一利の『昭和史』は、旧日本陸軍の集まりである偕行社が出版した『南京戦史』を一番 公平な記録として取り上げ、3万人強がその数としている。

一方、『南京事件』(笠原十九司著)は、10数万人以上、20万人に近い数の犠牲者が出たと推論し ている。
その理由・背景として、質の劣る予備役兵が多く、軍紀が緩んだ部隊が多かったこと、 (上海事変終了後に帰国できると思っていたのに南京に転戦させられた部隊も 多く、軍紀の乱れが増幅された面もある)、それらの部隊同士の南京一番乗り 競争で無理をしたこと、戦争指導部が無能で自分達の食料補充もままならない中での捕虜取り扱いに無理があったこと、当時の日本全体におおっていた中国人蔑視が将兵に蔓延していたこと、中国側将軍の戦略の誤りなどを例証している。

また『「南京事件」の探求』(北村稔著)では当時、この事件を伝えた外国人であるティンパーリーが国民党のエージェントであることを実証して、そのような人物の報告や、スマイス博士の戦争被害調査などの問題点を立証して、客観的だと思われていた第3国の外国人の証言や調査も再検討すべきであると指摘している本もある。

北村氏は「文藝春秋2007年7月号」において、「南京事件 外国特派員と大論争」を執筆している。
今回の記事では、ナチス・ドイツの戦争犯罪を裁いたニュールンベルク裁判でユダヤ人大虐殺(ホロコースト)がドイツの侵略戦争を無条件で戦争犯罪とみなす根拠とされ、それと同様な事件として南京事件を日本軍の邪悪な戦争と位置づける根拠とされたのではないかと指摘されていることである。

皆様も、色々と資料を読んで、ご自分なりに考えてください。

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