14.I葉先生の思い出(その2)「シシオドシとカミナリ」
AS林君の鹿威し(シシオドシ)

ともかく I 葉先生は規範的な事柄については、峻厳極まりない方だった。ある日の物理の授業中、友人のS林君が猛烈な居眠り状態。卓球部のエースで勉強も頑張る彼が極度の睡眠不足であることは私も判っていたので、さぞ眠たいのだろうと横目で眺めていた。

昼食を摂った後の午後の授業では、確かに猛烈な睡魔が襲ってくることは私もよく承知。倫社のY部先生の授業は絶対に眠らないと決めていても、やはり、コクリコクリしてくる。私は腕をつねりながら何とか眼を開いていた。

眠たいとそのまま机に突っ伏してしまう最近の高校生。(さすがに殆どマンツーマンの今の学校には居ないのだけども)その彼ないし彼女を起こして、私は穏やかに言う。

「君ネェ、教室では居眠りの作法というものがあってね、せめて片肘ついて親指を頬骨、他の四本を額に置いて教壇から眼を隠し、教科書に視線を落としているように振舞うもんです。居眠りにも礼儀というものがある。それが出来なければ、欠課にしてあげるから保健室なり家に帰るなり自由にしなさい。」

I 葉先生は、こんな軟弱教師ではなかった。

S林君は猛烈な睡魔によって徐々に前方へ引き寄せられ、幾度かの逡巡の後、ほとんど額を机にぶつけんばかりに前方へ倒れる。額を机に強打する瞬間、寸止めのように水平に静止する。次の瞬間、彼の鍛えた背筋はグイと上半身を垂直に戻す。しかし、睡魔の逆襲が彼の上半身を机面に引き寄せる。再び、寸止め、背筋がグイと働く…

もしも額が机にぶつかって「コーン」と音を立てるのであれば、その規則正しい一連の動作は、まさしく鹿威(シシオドシ)のようであった。

しかし、その動きは余りに豪快で派手すぎた。私は横目でそれを眺めながら、彼のためにその強い背筋とその克己力を呪ってやった。Sよ、おとなしく机に突っ伏した方がよい。そんな派手な動きは目立ちすぎる。ホラ、周りの皆がクスクス笑い始めたではないか。I葉先生が気付くぞ、
Sよ、静まれ…!

私の無言の祈りも空しく、I葉先生はツカツカと真っ直ぐに鹿威に向かった。途端に物凄いカミナリが落ちた。
S君は正直に謝った。
「すみません、寝ぼけてました」

Sよ、確かに君は寝ぼけてるゾ。「寝ぼけてました」じゃなくて「居眠りしてました」だろうが…。
私の友情の祈りは全て空しかった。

Bダブルの折り返し

又、ある日の放課後、二階の教室の窓の下が騒がしい。I葉先生のカミナリだ。ソッと窓から下を窺うと、生贄は長身の〇〇君。ズボンの裾を指して先生は怒っておられる。当時、男子のズボンはダブルの折り返しが当たり前の時代。(満員の電車通学だった当時、帰宅後にズボンをハンガーに懸けようとして100円玉が折り返しから転がり落ちたことがあった。)

制服としてのズボンなら当然ダブルでなければならないのだが、〇〇君は、別に流行の格好をしたがるタイプではない。急激な成長期ゆえ、きっと折り返しを延ばしてしのいでいたのだろう。

彼は消え入りそうな声でI葉先生に向かって約束している。明日までにダブルに縫い直してくるそうだ。シングルに伸ばしてもまだ短いくらいの彼のズボンが、翌日どんな風だったか私は見届けていない。

≪続く≫
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