安倍・村田(秀)君による06年ドイツW杯観戦結果報告会

 

「恥ずかしながら戻ってまいりました」が帰国した村田君の第一声だったと安倍君から聞いた。

村田君はワールドカップは、イタリア大会、アメリカ大会、フランス大会、日韓大会に続いて、今回が5回目とのこと。
その彼が「今年はレベルが高いと思う。」と述べていた。そして「日本は百年早いという印象だ。見ていると、オーストラリアとは4−0、クロアチアには2−0、ブラジルには7−0(玉田のはファインゴールだから8−1か)でやられていたというのが実感。」と述べている。

オーストラリア戦は日本が後半立て続けにゴールを入れられたゴールポストの後ろでの観戦になったそうだ。
前半の中村選手のフリーキックによるゴールもすぐ近くで見たわけだ。その彼が「はじめの日本の得点はキーパーチャージだ」。

そんな授かりもののゴールでも、日本がリードして時計を見ると、あと10分。そこからは悪夢だったそうだ。そして悪夢が醒めると茫然となったらしい。今年の日本のワールドカップは「オーストラリア戦で終わった。」が実感とのこと。
これはTV観戦をしていた者も同様だ。負けっぷりも大事なのだ。

なおオーストラリア戦では、ピッチの選手が非常に疲れているのが観客席でもわかるから、「何でジーコは選手交代をしないのか」とブーイングも起きていたようだ。

ブラジル戦は中央あたりの席。近くにブラジル人のサポーターも大勢いたらしい。村田君いわく「ブラジル人にバカにされた。玉田のゴールが入ると、彼らブラジル人もニコニコして拍手をしていた。試合を観ていた観客にも完全になめられてしまっていた。」
そしてブラジルは途中からロナウジーニヨ、カカを引っ込めた。

薬剤師の安倍君は同行者が花粉症になり、その薬を買うためにドイツの薬局に行き、薬を買った。買い終えると、薬屋の親父が「日本はアジアのチャンピオンなんだろう」「コリアの方がいい」と言われ、屈辱を味わった。

安倍君が印象に残っているシーンは加地がボールを持ったシーンだ。前が空いているのに、横にパスを出したそうだ。「何で、前に進まないのだ。ゴールは前なのだ」
村田君は「日本選手は、パスがくると、あっ、ボールが来た。早く誰かに回さないと」という印象だったと言う。目的は前にあるゴールポストだけど、それが忘却されて、パス回しという状況だったようだ。ともかく、ゴールの方に向かう、ゴールに入れるという意識が足りないと2人はあきれる。

日の本古来の蹴鞠の伝統であろうか。

村田君が日本のサッカー関係者に聞くと、「はじめからチームとしてのまとまりにかけた」ことを指摘していたようだ。
詳しいことはわからないが、ブラジル戦後の中田の態度は何かを感じさせるものだ。そのうち、週刊誌、スポーツ紙においおいと書かれてくるのだろう。

イングランドのフーリガンには一度遭遇したとのことだが、それ以外は、このような経験には遭わなかったようだ。
村田君は「ワールドカップだと、茶髪の女の子も、国歌を歌うんだぞ、感激するぞ」と私の顔を見て言う。
安倍君はワールドカップははじめてだが「超満員のスタジアムで全員が起立して国歌を歌うさまは感激する」と述べている。

さて、百年早い日本の今後の強化策だが、「フォワードに外国人の強いのを帰化して入れるしかないんじゃないか」と。これは及川君も同意見だ。伊藤は具体的に帰化名を考えた。ウクライナのシェフチェンコを、「刺獲夫千得児」はどうだろうか。意味もサッカーのフォワードらしく良いと自賛しているのだが。

飛行機での禁煙、大丈夫だったかと聞いたら、ハワイ行きで練習したから大丈夫だったとのこと。
安倍君が言うには村田君の為に、毎日、シーバースリーガルを1本調達する旅行だったようだ。

サッカー以外の観光では、村田君の感想は「アウトバーンに感激した」だけで、いかにも彼らしい感想だ。
「消費税は高いけど、物価は安い」との印象も持ったようだ。日本は物価が高い上に消費税を上げようとする。

普通なら、このような場には写真を持参するのだが、安倍、村田の両名はそんなことはしない。安倍君からバンベルグ(世界遺産、聖堂は4つの尖塔)、ウルムの聖堂(世界一の高さ、アインシュタイン生誕地)にでかけ、ミサに出席したことを聞いた。当地の神様もとまどったに違いない。
またミュンヘンの美術館(レンバッハハウス美術館かアルテ、ノイエピナコテーク美術館か不明)にも行き、心臓に持病がある安倍君は同行者に気がつかれないように時々、ニトロも飲んでいたそうだ。大変だったが、ともかく2人とも無事、元気で帰ってきてよかった。

同行者に音楽が大好きな人がいて、バンベルグでオーケストラの演奏を聞きに行き、その時、セカンド・コンサートマスターの女性が日本人かと思い、尋ねたら、思った通りの日本人で、しかも非常にいい人で、バイロイトのワーグナーの為に建てられたオペラハウス(祝祭劇場)のチケットを、その人の手配で入手でき、そこにも行ってきたとのこと。なかなかのプラチナチケットとのことである。

当日の参加者は、安倍、村田(秀)の両名に山本(秀)シェフ。他は石井(忠)、伊藤(三)、今村、及川、大野(健)、織本、川村、熊野、小出(敏)、林(文)、堀松、山越の15名。

大野健次郎君(確か千葉高のゴールキーパー)に卒業以来はじめて再会しました。設計を業として南米や中東にも出向き、今は徳島の吉野川の橋梁の設計・施工に携わっているとのことで、元気でした。
及川君(確か千葉高の快速ウイング)も東京での会議に併せて参加してくれました。及川君は次回の南アフリカ大会参加の予約をしたと言っていた。

南アフリカ大会にはイタリアのアズーリのユニフォームを持参した川村さんも検討しているとのこと。村田君に今回いくらかかったかを何度か聞いていたが、彼に聞いても参考にはならないと熊野君にたしなめられていた。私もそう思う。

今村さんは乗馬だけでなく、ハワイでスカイダイビングをしてきたとのこと。織本さんと私で、「なんと恐ろしいことを」と。
熊野君はお寺の工事も終わり、梵鐘も設置されたとのこと。何よりです。ヒディング監督のガッツポーズが好きだそうだ。

小出(敏)君や石井(忠)君、林(文)君は日本サッカーについて色々と議論をしていた。ゴルフで遅れてきた山越君は日経新聞のサッカーに関する連載記事を見せてくれていた。今後、出版物も出てくるのだろうか。

テキサスに赴任中の西田(高)君が奥様と出向いたワールドカップ観戦記も参考にしてください。