「郵政民営化―――自民党造反劇の裏側」

梅澤 修一

先日、銀行のOB会で講演会がありまして、普段はほとんど出席しないのですが、講師が銀行の後輩で中国勤務者ということもあり、顔を出してみました。これがなんと「目から鱗」の話でして、一言書きたくなりました。

 講師は関岡英之といいまして、今回の講演会で始めて知ったのですが、実は彼は先般の郵政民営化法案をめぐる自民党造反劇の黒子だったというのです。平沼赳夫、城内実、小林興起などの皆さんが、「アメリカ主導の民営化法案は国益に反する」と言っていましたが、その背景に関岡という40代半ばの銀行員上がりがいたということを皆さんご存知でしたか?

  彼の経歴がなかなか変わっています。1984年に東京銀行に入行。14年間勤めた後、銀行に見切りをつけて、元々慶応の法学部出身の文科系なのですが、手に職を持ちたいと「建築士」を目指して早稲田の専門学校に入学。大学院理工学科の聴講生として建築の大家である石山修武氏にめぐり合い、石山先生の引きで1999年に早稲田大学大学院理工学研究科に入学。

  2001年に同修士課程を卒業するのですが、修士論文は建築の技術的なものは書けなかったため、直近に改正された建築基準法をテーマに選びます。1995年の阪神・淡路大震災の教訓を反映した改正の筈であったのが、どうも調べれば調べるほど長年のアメリカの要求に沿った改訂であるとの確信を持つに至ります。

 この米国の要求とは、1993年の宮沢クリントン会談以降、毎年アメリカ政府が日本政府に提出している「年次改革要望書」に書かれているもの。米国では毎年、担当部署がこの要望に対し日本がどれだけのことをやってくれたかを議会に報告しているもので、秘密文書ではなく、読もうと思えば誰でも読める公開された文書。(注)

 この「年次改革要望書」を年次ごとに遡って読んでゆくと、建築基準法のみならず、郵政民営化、商法改正・会社法制定、独禁法の規制強化、法科大学院設置、各種司法制度改革など、近年の日本の色々な分野での制度改正は、ほとんどがこの要望書に沿ってなされていることが検証できたというのです。更に今後どの分野でどのような制度改革がなされるのかが読み解けるということです。

 彼はその発見を、マスコミも誰も指摘していないことに疑問を覚え、ついに自分で纏めて本にしてしまいます。それが『拒否できない日本』(2004年文芸春秋社)。ただ、いわゆる反米論、嫌米論が氾濫しているため、どの出版社でも内容を見ずにボツにされてしまい、文芸春秋社の編集長に出会うまでは、なかなか出版できなかった。文春の編集長は大変な方で原稿をきちんと読み、書かれている内容がいわゆる情緒的な嫌米論ではなく公開情報の分析だけで書かれていることを検証し、かつ他で発表されていない日本の国益にとって重要な内容の論文ということで、文春新書に取り上げてくれたのです。

 この出版で、雑誌「正論」「文芸春秋」などに論文を発表する機会が増え、これらを読んだ自民党の政治家が勉強会の講師として彼を招きいれ、2005年の一連の造反劇につながっていくわけです。郵政民営化での米国の狙いは郵便事業ではなく簡易保険で米国保険業界が虎視眈々と参入を狙っており、民営化はその第一歩とのこと。これからの進展を注視する必要がありそうです。

 世の中結構知らないことが多過ぎますが、あの造反劇の元がこのような背景だったということは、どのマスコミも指摘していなかったのではないかと思います。そもそも日本のマスコミはひどすぎるのですが、このような背景があったことは本来マスコミの責任として指摘すべきだったと思いますし、国会での議論もその辺の検証も含め少し違った方向でなされたのではと思います。(2007年2月1日記)

(注)「年次改革要望書」
駐日米国大使館のHP(http://japan.usembassy.gov/→「政策関連文書」→「経済・通商関連」→「規制改革」)で読むことができます。
又、毎年夏に日米両政府が「日米投資イニシアティブ報告書」を公表しています。
(経済産業省のHP「対外経済政策綜合サイト」→「二国間の取り組み」→「米国」
http://www.meti.go.jp/policy/trade_policy/n_america/us/html/invest_initiative.html)

関岡英之さんの著書一覧はフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』をご参照ください。


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