「いたずら電話」

甲田 正二郎

 小規模とは言え活動中の医療機関であるからには深夜の電話でも応対しないわけにはいかない。それがまちがいならまだしも意図的ないたずら電話も時々ある。

(1) いわゆる変態電話

二年前まで有床診療所として入院患者さんを受け入れていた頃は、看護婦目あての匿名での電話が多かった。

相手かまわず一方的に下品な言葉を浴びせかけぷつんと切る、と言うパターンがほとんどで、おそらく同じ人物が閑を持て余してあちこち電話帳を見ながらかけているのだろうと推定される。

 ある一時期は、勤務している特定の看護婦を指定してのストーカー的な電話が集中した事がある。はっきりと名をなのらないので当人の看護婦も相手が誰かわからないまま執拗な攻勢に迷惑したものだ。
 その時も内容的にはお決まりの放送禁止用語を連発しては切る、と言うものだった。

昼も夜もなく連続してかかってくるのと、どこの誰かも判明しない不気味さに閉口したが、そのうち飽きたのかそのストーカー電話は終わって助かった。

相手かまわない不特定のいたずらは今もたまにある。

 

(2) 勧誘転じての脅迫電話

不景気なせいか電話での商談のもちかけが多い。

マンシヨン、株、金相場、その他、毎日のようにかかってくる。

 ベンツにもゴルフにも縁のない質実剛健かつ人畜無害かつ無芸大食の私を、大資産家と誤解しての電話のようだが、私が応対して私自身の窮状を訴えると納得してもらえるようでそれで終わる。

正直過ぎる性格の家内が応答するとしばしば電話での大喧嘩に発展する。

 ある晩、かかった電話を私がとった。
「もしもし甲田先生ですか」
「 はい、そうです」
がちゃんと相手の男は切った。その数秒後、再度電話がかかり同じ声で
「藪医者ですか」
「はい、そうです」

私が平然と答えると呆れたのかそのまま切れてしまった。
何だろうと家内にその話をしたら、実はその夕方例のマンシヨンか何かの勧誘電話があり、あまりのしつこさに立腹した家内とやりあったのでその相手が犯人らしいと言う。

それは極端な例だが、それに類した経験はいくらでもある。
つい最近も、NTTからと称して新しい電話回線の取り付けの勧誘があった。
あいにく、というかたまたま、と言うか、家内が応対したのだが、相手はどうやらNTTではなくその下請けの業者らしく、しかも現在こちらで使っているのと同じ回線を知らずに再度売り込んでいるとわかってきた。それはそれで終わりそうなものだが、どういう訳か話がこじれてきて、最後は先方が聞くにたえない言葉で罵倒して切った。

NTTに問い合わせをしたが、該当する部署はなく、やはり名前を悪用されたらしかった。

一般的に電話勧誘では不愉快な思いをする事が多いようだが、例外もある。
かなり昔になるが、英会話のテープの勧誘があった。
落ち着いた声の男性で丁寧な口調で説明があった。私としては、特に必要もないし、目的のないまま漠然と英語を学ぶことに疑問を抱いている旨を答えたところ、先方はかなりの教養ある人らしく、夏目漱石と室生犀星の文章をすらすらと暗誦し欧米文化の文明論まで発展して、最後は「突然の無礼な勧誘、失礼しました」との丁重な言葉で終わった。

何らかの訳あって臨時の仕事として電話勧誘をしている人のようだと推測するが、そのような真面目な人材には向いていない業務に思える。

 

(3)敵ながらあっぱれ、と言いたいほどしつこい電話

5年以上前から毎日自宅にかかってくる定期的ないたずら電話がある。
時刻が決まっていて午前4時から4時半の間に一回。それから10分してもう一回。

 慣れてしまえば目覚まし時計のようなものでついでにトイレに行ったりする習慣になったが、たまに宿泊するお客は驚く。

狭い自宅だが四カ所に受話器が配置してありどこにいても電話の音が聞こえるので便利なときには便利だが深夜は大変である。

永年かけてくる電話の相手は不明であり、こちらが受話器をとるやいなや先方は切るので無言電話の一種ではあろうが、電話代はどうなっているのだろうか。
自宅の番号は限られた人間しか知らないはずだから、一見内輪のようで実は何か恨みをもって、ということだろうか。

それにしてもご苦労な事である。
近い将来、発信先の電話番号が掲示されるようになればそのような電話もなくなるだろうから、もうしばらくの辛抱だと思っている。

 

(4)ここだけの話ですが、私もしました!(英語のいたずら電話)

まだ私がやや若くて英語を多少喋れた頃の話しだが、飲み仲間のアメリカ人、ジエフ君(聖子ちゃんとは関係ないインテリの大学講師)と自宅でビールを飲んでいて、馬鹿話にも飽きて退屈しのぎに二人の共通の知人に電話でもかけようと言うことになった。

相手は私の大学の先輩でにニユーヨークでの数年にわたる研究を終えて帰国し医学部の助教授になってまもなかった。

いたずらの筋書きは私が考え、ジエフ君が本物のアメリカ英語で電話する。
「こちらはノーベル賞審査委員会です。本日の委員会にてドクター○○(先輩)の医学賞受賞が決定しましたのでお知らせします」
 受話器をとったのは奥様のようだったが手短な英語の返事のあと本人に替わり、ジエフ君はもう一度同じ文句を繰り返す。
英語で何かつぶやきしばし絶句する相手に今度は私が、日本語で
「今晩は、ノーベル賞飴販売担当葛飾営業所の甲田です」

後は電話の向こうとこちらとで大笑いであったが、ドクター○○は結構本気だったのでは、と思うと悪い冗談だったのかも知れない。

いずれにしてもいたずら電話は良くないと思いませんか!?!

 


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