稲ハデと積み藁

神保 公子

 天高く馬肥ゆる秋。
 秋の味覚の筆頭は何と言っても米、つまり新米ではないでしょうか。

 ここ出雲地方では、早い田では8月末ころから稲刈りが始まります。品種にもよるのでしょうが、多くは9月、彼岸花が田の畦に燃える9月下旬頃が最盛期といっていいでしょう。

稲ハデ

 刈り取った稲は田圃の近くに組んだ稲ハデに架けて干すわけですが、天日干しが減った昨今ではハデを組まない田も多くなりました。それでも、まだまだ稲ハデは健在です。つるべ落としの夕陽を受けて輝く光景こそ稲作文化圏の秋の風物詩です。

 まずは出雲地方の典型的な稲ハデをお目に掛けましょう。

 これは、我が家のすぐ裏手で数年前の9月下旬に撮った写真です。
 実は現在はスーパーマーケットの駐車場になりました。私は、日曜の目玉商品である1パック58円の卵を毎週買いに行くお得意さんですが、安売り卵には代え難い風景を失ってしまったことが残念でなりません。

 このように、当地の稲ハデ(地方によって、ハサ・ハセ・ハザ・ハッテなどと呼び名が変わるようです。千葉では何とよんでいたのか、私はもう覚えていません)は、7,8段から20段以上になるような丈の高いものです。

 関東地方の稲架はもっと低く一段くらいではなかったでしょうか。

 次の写真は、今年、県中央部の大田市付近で撮ったものです。丈の高い稲ハデを見慣れた目には珍しく映りましたが、千葉の皆さんはこの写真の方が親近感を覚えられるのではないでしょうか。

たまには、田圃脇のガードレールを利用して稲を架けてあったりすることもあります。

同じ大田市の山間部では、立木の間に横木を渡して作ったハデに出会いました。ご覧下さい。

さて、島根県(石見部)のとっておきのハデの登場です。

ヨズクハデといい、大田市の西隣、温泉津町(ゆのつちょう)独特の組み方です。フクロウが羽を広げた形に似ていることからこのように呼ばれているそうです。

最後は雑誌からの転載(「栄養と料理」2002年11月号)。ジョニーハイマスさんという写真家が撮った青森県大鰐の風景の一部です。

   一昨年の9月に東北新幹線で盛岡まで行った時のこと。車窓をぼんやり眺めていると、地域によって稲の干し方が変わるのがわかりました。新幹線は止まる駅が少ないので何処を走っているのかよく分からなかったのが残念ですが、北上するにしたがい、田圃の中に電柱みたいな杭がにょきにょき突っ立っているのが見えたんです。びっくりしました。何かと思いました。こんな風に杭に稲の束を突き刺して干すやり方もあるんですね。これが、仙台付近になると、関東風の一段の稲架に変わりました。写真は青森だそうですから、もっと北に行くとまた稲杭に変わるんでしょうね。

   皆さんのお住まいの地域では稲をどんなふうに干していますか?
  この時期ご出張の折りなどに、稲刈りが終わった各地の田圃の様子を観察すると、面白い発見があるかもしれません。是非、皆さんの手で、この続編をお願いします。

(2003.10.15記)

積み藁

 ご存じのように、干し終えた稲は脱穀後積み藁にして保存し、草履・縄・蓑笠などにしたり、藁葺き屋根に使います。出雲地方では、藁を円く積んで保存しました。稲ハデは健在ですが、積み藁の方は今ではもう姿を消して実物を見ることができません。

 次の写真は、平田市にお住まいの方が作られたミニチュアの藁細工です。形がお分かりいただけるでしょうか。円筒形の半径が藁の長さに当たる大きさです。

写真にある「ししし」というのが、この積み藁の名前ですが、山陰でもいろんな名前があるようで、「因幡ではクマ、伯耆の山間部から出雲の能義・仁多の奥にかけてはグロ、伯耆の北半地方から出雲の大部分にかけてはススシあるいはスズシ、石西ではトシャクというが、石見の大部分と隠岐とにはこれをつくる習慣がなかったという。」(石塚尊俊『山陰民俗一口事典』)

 ススシの語源は「これを祭って歩いた鈴木氏という神人の姓からきたものではないかという。」(『山陰民俗一口事典』) 

 鈴木さんて神様を祭る人だったんですね。東京に多い姓ですが、当地ではあまり聞きません。

  さて、358本の銅剣が出土したことで有名になった斐川町(出雲空港がある町)には、この積み藁の形を模したお菓子があります。観光ガイドブックにも、駅や空港の売店にもないけれど、素朴で美味しいオススメ品です。

その名は、ししす。しおりには「刈り入れの終わった晩秋の出雲平野に散見する新藁を積んで造った藁塚をその姿が猪の粗毛に似、質朴枯淡な形が猪のねぐらを連想させることから昔から藁塚のことをこの地方では猪巣とよんでおりました。」とあります。

 さあ、この積み藁の名は、「シシシ」でしょうか?「ススシ」でしょうか??
「シシス」でしょうか???

 何人かに聞いて回りましたが、当方のヒアリングに問題があるらしく、私の耳にはどれも「ススス」と響くのですが…。

  ところで、積み藁は、稲作文化圏だけのものではないようです。
 実は私、このご時世に未だ日本国から脱出したことがないものですから実物を見たことはありませんが、フランスにそっくりな代物を見つけました。

 モネの積み藁シリーズのひとつです。島根県立美術館モネ展のチラシから拝借しました。
  いかがですか? 似てません?

津田かぶ干し

   陰暦10月は神無月。でも、出雲大社での全国大会のために全国の神々が出雲に集合するから、出雲国だけは神在月といいます。会議を終えて帰国する神々を送る神事が行われる頃、土地の人が「お忌みさん荒れ」と呼ぶ北西の季節風が吹く荒れ模様の天気になります。新暦では11月下旬。この頃から12月にかけて美味しくなるのが津田かぶです。

津田かぶは赤かぶです。表面だけが赤くて中は白い。かぶといっても、白かぶのようには丸くなく、やや面長。先が細くなっています。しかも先がちょっぴり曲がっているから、勾玉みたいな形です。

 普通は糠漬けするために軽く干します。干す場所は、稲束をはずして裸になったハデ木です。干したばかりの頃はまだ葉っぱも生き生きしていますから、緑の葉、赤いかぶ、ひげ根を落として中の白が見えている先っぽ、と、三色が並んで、晩秋の田圃を彩ります。

 次の写真も我が家の近くで写しました。勾玉型の津田かぶ、可愛いでしょ。撮ったのはつい昨日のような気がしていましたが、日付を見て、やれやれ…。
 この場所はまだ田圃として残っていますが、隣の畑がなくなったせいか、津田かぶ干しの風景はいつの間にか見られなくなりました。

大根や津田かぶを干し終えると、ハデ木ははずされ、田圃脇のハデ木小屋に積まれて、来年の秋までお休みです。

(2003.12.22.記)


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