京都紅葉考

伊藤 三平

京都の紅葉は、どうして魅力的なのでしょうか。
わが家の狭い庭にも昔、2度ほどモミジを植えては、きれいに発色しないのを母が嘆いていた記憶があります。今、ご近所でも紅葉が盛りですが、濃い赤と言えば聞こえはいいのですが、彩度が暗い赤です。
台湾でガイドさんが街路樹を指して「これカエデです。でも赤くならないね」と。カナダなどは美しいのでしょうね。国旗にメイプルが付いている国ですから。

もっとも京都の紅葉も地球温暖化の影響か、時期が後ろにずれてきて、しかも発色も年々悪くなっているようです。京都の人に言わすと、今年はあまり良くないとのことです。

このようなことからわかるように、紅葉は「ある程度冷え込んで、特に昼夜の気温の差が大きいこと」です。同時に「日照時間が長いこと」「湿気が多いこと」の条件を満たすと色鮮やかになるようです。
駆け足の今年の京都モミジ狩りから、このような自然条件の視点と同時に、紅葉を魅力あらしめる人為的な条件について考えてみました。

1.ミニ峡谷の東福寺

東福寺は凄い観光客だ。通天橋に入る人はディズニーランドのように列を折り、折り並ばされる。東福寺は紅葉の季節だけで拝観者数が150万人とのこと。通天橋の拝観料から方丈などの拝観料も全て合わせて1000円とすると、15億円の収入。

観光客も多いけど、それに勝る紅葉の多さ。入ってしまえば寺域も広いから人混みはそれほどは気にならない。

この寺の寺域の特徴は、三の橋川という川を挟んだ小山(台地)を抱えて、拡がっていること。だからミニ峡谷の趣をもたらし、台地と台地を結ぶ橋の一つが通天橋。
このミニ峡谷が紅葉の発色に好影響を与えているのではなかろうか。川があることで、そこからの水気が「湿気が多いこと」につながり、「夜間の空気を冷やす」のではないか。ミニ渓谷の斜面は「日当たりの良さ」を広い範囲の紅葉に与えるのではなかろうか。

ミニ渓谷の良さは、紅葉観光にもメリットがある。人が多くても、”見上げたり”、”見下ろしたり”することができ、至るところでビュースポットが生まれる。膨大な紅葉を見るのには好都合となる。
市街地のミニ渓谷、まさに紅葉の為のお寺だ。(左は光線の関係か、もう一つきれいには写っていないですね)
通天橋から見下ろす 通天橋を見上げる

話は江戸時代末期の江戸に飛ぶが、その頃は市川の真間の弘法寺が紅葉の名所と知られていた。そこは「ママ」と言う崖地を意味する古語でもわかるように、高台の弘法寺の南側の崖下には真間の入り江の名残があった。
すなわち江戸の紅葉の名所もミニ峡谷的な地形である。

左は、広重の『名所江戸百景』の
「真間の紅葉手児那の社継はし」
紅葉の橙色に丹という鉛が入って
いる顔料を使用した為に変色して、
現存するものは黒ずんでしまった
のが多い。
(南側に、このように入江が拡がっ
ているのだが、広重は北にあるべ
き筑波山(2こぶの山)を遠景に入
れて絵を構成している)

現在、市川市には大野自然公園と
いう紅葉のスポットがあるが、ここ
も下総台地の「ヤツ」という地形で、
紅葉山と自然観察池が併存してい
る。

 

2.本当の渓谷ー高尾、槙尾

渓谷のスケールを一段とアップしたのが、三尾と呼ばれる高尾、槙尾、栂尾。京都の北西の奥、周山街道を車で30分登った地にあり、周囲の山は北山杉の産地でもある。
清滝川が流れ、川には神護寺には高尾橋、西明寺には指月橋という朱塗りの橋が架けられ、ここから寺がある上の方に参拝する。かなりの坂道だが、両側が紅葉が疲れを癒してくれる。途中、途中で見下ろす谷の紅葉も風情がある。

ほぼ南面の山の斜面に立地していて「日照時間の長さ」がある。そして清滝川からの「湿気が多いこと」にとどまらず、この地は北山時雨の本場であるように、空からの雨にも恵まれた地域であり、このことも紅葉の発色に資しているのではなかろうか。(北山時雨そのものは初冬であり、直接には影響しないだろうが?)

寺院は山腹を削って建っており、斜面を利用した”見上げる””見下ろす”の眺望も数多くある。参道の茶店はさすがは商売である。見事なビュースポットに店を構えている。

神護寺(盛りが過ぎ) 清滝川
神護寺金堂を見る 高雄(茶店はいいところに)

3.嵯峨野 嵐山、小倉山の南面

嵐山も保津川峡谷の末にある小山だ。低い山だが、保津川から「湿気が多いこと」の条件と「夜間の冷え込み」の恩恵を受けているに違いない。天竜寺、宝厳院は、この好影響を受けての紅葉の色なのだろう。宝厳院はこの春に出向いた時に眼を付けていたが、近年公開されて、すぐに「紅葉で洛中一」の評判を取ったようで、人が多かった。この庭は紅葉だけではない、アッと驚く庭だ。

宝厳院のパンフレットから。今年はここまで凄くはなかった

保津川に加えて小倉池も周辺にある大河内山荘、常寂光寺、二尊院などは小倉山の南面で「日照時間の長さ」がある。
大河内山荘は初めての拝観であったが、小倉山の上まで登ると保津峡と嵐山の錦が見え、片や双ヶ岡、大文字山を経て、京都市街、東山まで眺望でき、雄大で見事。
そもそも小倉山は藤原定家が住した地として、昔から紅葉の名所。その良さを長年にわたって育み、庭造りをしてきたのだ。洗練された紅葉の美が生まれるのも当然だ。

小倉山の山腹に寺域を設ける常寂光寺、二尊院も山の斜面のおかげで、紅葉を”見下ろし”、”見上げる”ビュースポットを多く持っている。寺の建物に紅葉がかかる風情も忘れがたい。

常寂光寺の本堂裏 常寂光寺の鐘楼にかかる紅葉


4.池を使った仁和寺、竜安寺、等持院

御室の仁和寺は、旧御室御所と言われていたように皇室ゆかりのお寺だけに大きな立派なお寺。白書院と宸殿に囲まれた庭は、右近の橘、左近の桜を植えた白砂を敷き詰めた庭で、様式化された庭で、紅葉は勅使門の点景。
宸殿の裏、黒書院の方の北庭はくつろぎの庭で、池があり、松や楓を植えて、遠くに五重塔が望める庭。楷書的とでも言うべき庭だが、小さな滝を作り、そこに紅葉がかかるようにして、奥山の雰囲気を醸し出している。紅葉の色は衣笠、御室地区が一番きれいだった。
ここは、御室流華道の家元の寺。中門をくぐると、左に御室桜の群落。背が低く、横に広がる桜だが、この地が岩盤で下が堅く、根が入らずに、横に張るために、このような桜になっていると聞いた。桜があれば紅葉もある。中門から奥の金堂にかけて紅葉が両脇に植わった参道。金堂脇の紅葉は色鮮やかだった。

仁和寺北庭白砂・松・池・五重塔の格調 仁和寺の金堂横の見事な発色

衣笠山の南の山裾にある竜安寺は、石庭「虎の児渡し」で有名な寺だが、実は紅葉の寺。石庭がある方丈まで行く間に左側に大きな池(鏡容池)があり、この周囲の紅葉も見事なもの。もちろん、方丈までの参道の脇も今が盛りの紅葉。

竜安寺鏡容池 竜安寺鏡容池のまわり

この近くに足利尊氏の菩提所である等持院がある。ウグイス張りの廊下がある方丈は、他に拝観者がいないので、キュ、キュと鳴る音が高く響く。斯様に知られていない名寺院。廊下側の白砂の向こうに美しく発色した紅葉で感激したが、奥の庭園が見事。夢窓国師が作った3大庭園とのことだが、松と石組の芙蓉池も面白いが、紅葉は横奥の庭が見事。こちらは石は少ないなど趣が異なり、柔らかな雰囲気が醸し出されている。心字池で、水際の紅葉は様々な発色で眼福の締めくくり。

等持院の紅葉競演

この地区の紅葉は池と衣笠山のおかげなのだろうか。もっとも京都自体が盆地で寒暖の差が激しい。そして各寺院の苔に見られるように、湿度も高い地域だ。紅葉の発色に良い気候なのだ。京都と奈良を比較すると理解できる。奈良は乾いている印象を持つ。苔に対して若草山だ。

魅せる工夫

紅葉そのものの発色では、他の地域の自然の中にでもすばらしいものがあるだろう。でも、紅葉を見せる為の工夫は、メイプルの国もかなわないのではないか。実はこれが京都らしさだ。

(1)紅葉を観る為の窓

京都の寺社仏閣の紅葉は、庭師が意図を持って育てている。
東福寺塔頭の光明院は、昭和の庭師重森三玲の作庭と聞いたが、波心(はしん)の庭と言う枯山水と苔を、やや起伏のある地形に配し、白砂の上にも苔の上にも、やや黒っぽく、それほどは太くない石の列柱を並べている。この起伏によって静かな動きを感じる庭だ。丸い窓(吉野窓)から眺める紅葉には唸る。意図したビューポイントであろう。(写真に撮ったが、ご覧のような不出来。言わんとすることは伝わりますか)

光明院の丸窓から


(2)巨岩、垣根の間

天竜寺 塔頭 宝厳院の庭は室町時代の策彦周良の作で「獅子吼の庭」と呼ばれているが、ここには20pくらいの俵形の石を粗に敷き詰めて海のように見立てたところ(苦海)があり、感銘を受ける。また、獅子岩と呼ばれる巨岩や、松の根が食い込んでいる巨岩(破岩の松)を配したり、石と竹で組んだ、いくつかの種類の面白い垣根が、それぞれアクセントにした紅葉の庭。真っ盛りの紅葉、楓ばかりか、ドウダンツツジも鮮やか。

宝厳院の獅子岩


(3)紅葉の並木

桜の並木は定番だが、紅葉も参道やアプローチの両脇に配され、美しい。今回、見学した所では、宝厳院の参道、二尊院の「紅葉の馬場」、高尾の神護寺や、槙尾の西明寺の清滝川にかかる橋から門までの石段の参道、仁和寺の中門から金堂までの石畳の道、竜安寺の池の周りや、池を越えてから方丈までの道に使われている。

宝厳院の参道(パンフレットより)

(4)建物や庭の草木との色との対比

歴史のある寺社仏閣の建物との対比での美しさも一つの見所だ。
先年、ミニ同期会で京都に行った時に小出(貢)君が「落下紅葉」として、美しい写真を掲載してくれているが、そこに漆喰の白い壁に紅葉の赤がある。二尊院は、幅が広く、石段を敷いた「紅葉の馬場」の突き当たりが、漆喰の塀。変わった感じだ。

朱塗りの橋にかかる紅葉と言う見せ方もある。清滝川にかかる高雄神護寺の高雄橋、槙尾西明寺の指月橋。緋毛氈の床几との対比の紅葉は大河内山荘や高雄の茶店。色の対比ではなく、様々な赤を競演させているのだ。

西明寺の指月橋

石庭に紅葉という手もある。また、苔むした石の灯籠にも、松の緑、苔の絨毯に紅葉。庭師や建主の趣向だ。古びた木材の色に色鮮やかな紅葉と言う落ち着いた雰囲気を好む人もいるだろう。

東福寺方丈の龍の石庭と紅 尾西明寺灯籠と清滝川(色はダメ 東福寺即宗庵(松、灯籠、苔)

屋根の瓦にかかる紅葉ですら、屋根の瓦が川面に見えて、それに紅葉が降りかかるようだ。

(5)建物との対比による印象の差

祇王寺も紅葉の庭。ここの紅葉は、樹が高く、しかも樹形が比較的直線的である。白っぽい楓の樹の肌が何かなまめかしい感を与える庭だ。洛北の円光寺も紅葉の庭で、向こうには池があって印象は違うのだが、ともに女を感じる庭で、気になる庭だ。
紅葉の背が高いこともあると思うが、建物が鄙びた庵であり、重厚な寺院のとは違う点も、対比で樹の高さを高く見せているのではなかろうか。
今回は薄暮に行ったせいもあるが、紅葉そのものも未だしの感じで、女は薄暮に沈んでいた。

祇王寺のモミジは背が高く見える


(6)池の水面にかかる紅葉

池の水面に映る美しさは桜にもあるが、紅葉が静かな水面に映るのも美しい。先年、ミニ同期会でライトアップした高台寺の水面の紅葉の美しさは忘れがたい。

等持院(北庭の池に映る紅葉)


(7)光を受けた美しさ、光を透かした美しさ

紅葉の彩度にこだわると光の手助けも必要だ。彩度の高い赤は、日の光に照らされると一段と映える。今回も、そのような紅葉には本格的カメラマン、携帯カメラマンが叢がっていた。空のブルーに真紅の紅葉は定番の写真だ。夜のライトアップもこの延長にある趣向だ。
なお、銀杏は市川は八幡の葛飾八幡宮の千本銀杏の黄葉です。(05年12月3日、外出していた妻が「今、陽が当たって千本銀杏が黄金に輝いている」と帰ってきて、急いで撮りに行ったものです)

竜安寺で上向いて撮る 葛飾八幡宮千本銀杏

(8)紅葉を借景

借景というのは日本の独創的な文化ではなかろうか。紅葉が交じる山を借景にする贅沢。天竜寺の曹源池には嵐山を借景にするビューポイントがある。

(9)紅葉の種類

モミジと言えば「イロハモミジ(別名高尾モミジ)」が有名だが、「ヤマモミジ」「オオモミジ」など細かく見ると色々あるようだ。
鮮やかな紅葉の葉を何枚か拾い集めたが、葉の大きさも様々である。
発色はその年の気候が大きい影響を与えるが、品種ごとの色の違いもあるのだろう。竜安寺では黄葉したとしか思えない楓もあった。これはこれで奥の深い世界なのだろう。

日本のカエデ野生種分類と学名と写真

(10)落ち葉の美しさ(清掃の大切さ)

紅葉は落ち葉も美しい。これは先年の小出(貢)君の美しい写真の通り。だから落ち葉を見せる庭は掃除していない。(あるいは掃除をしていない風情で実際は掃除しているのかもしれないが)
一方、石庭などは、いくら紅葉の風情があると言っても、毎朝、落ち葉を清めることを欠かしてならない。
製造業では5S(整理、整頓、清潔、清掃、しつけ)が基本。庭も同じなのだ。わが家の狭い庭でも、1週間掃除しないと汚い感じだ。美しさを保つには手入れが不可欠なのだ。

6.赤の伝染力

京都はカエデの色だけが鮮やかなのではない。マンリョウ、センリョウ、ナンテンを植えている庭が多いが、このナンテンの実が澄んだ橙赤で、わが家の暗赤色のナンテンに比べて、うらやましい限り。この庭のナンテンの実を一つ、もらい、妻が庭に植えた。品種が違うのか、気候なのか、はたまた手入れの差なのだろうか。仁和寺で拾った楓の種も持ち帰ったが、どうなることやら。

紅葉の原理は、楓以外の植物でも同じなのであろう。以下の写真はドウダンツツジであるが、見事であり楓に負けていない。桜の枯れ葉でさえ、関東のより赤味が強く感じるのは僻目であろうか。

天竜寺のツツジの紅葉

今回は京都の西側中心だが、洛北、洛東にも、また洛南にも紅葉は名所は目白押しだ。

なお、モミジは新緑も美しい。下鴨神社の社家の西村家でも、宝厳院でも「紅葉もよろしいが、新緑の頃がもっときれいでっせ」と誘われた。今度は新緑の青楓に会いに行こう。

2006年には西山の光明寺、善峯寺、勝持寺、洛北の曼殊院、圓光寺、詩仙堂、洛東の永観堂、真如堂を訪問しました。季節の便りとして紹介したものをアップ。


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