「ヒデバロ号Uのツール・ド・北海道99(えりも岬〜宗谷岬)」
1日目
7月15日(木)あめ
−出発、帯広空港から襟裳岬を目指して南下−
(帯広空港〜広尾町)
「ツールド北海道1999」へ
出発、旅行の目的
- 予定より20分遅れの8時に羽田空港を飛び立ったJAS151便は,順調に飛行を続けている。雨はあがったものの下は未だ厚い雲に覆われている。
- 1週間の休暇をとるための昨日までの多忙とそれが原因か風邪をひいて少しだるい。昨晩は,早く帰って寝るつもりだったが,親友(悪友)2人に壮行会ということで飲みにつれていかれた。旅行の準備もあわててやったので,何かトラブルがあったときのためにとせっかく作った郵貯カードも忘れてきてしまった。
- この旅行の目的は,ただ,えりも岬から宗谷岬まで自転車で走ることである。もちろん,観光が目的でもなければ,人との出会いを求めているわけでもない。
- ここ2年の間に母と父を亡くした。その母が突然亡くなる数日前に「(おまえも)もういい年なんだから…」といったのが最後の言葉だったような気がする。そのいい年の自分が,何もしてやれなかったことが悔しくて。自分が今までやり残してきたことがあれば,それを今やらなければ,また悔しい思いをするような気がした。それが何なのか,今でも解らない。ある日,男女の高校生のグループが助け合いながら北海道を自転車で縦断するテレビ番組を見たような気がする。その時,「こんなのやってみたいな。」というのが,この旅行を計画することになったキッカケである。
- この旅行について,妻は,賛成もしないし,反対もしなかった。いつも自由にさせてくれていた。そして,夏の小遣いを増やしてくれ,おみやげを買ってくる人のリストを作ってくれた。娘は,とっても心配していた。「今度だけだからね。」と自分自身が幼い頃にいわれていたようなことをいった。そして,応援隊として,オリジナルMDを送ってくれた人,遭難したときのためにと乾燥バナナとココナツクッキーをくれた人,何よりも貧乏人には現金が良いと餞別をくれた人たちがいた。
大雨で襟裳岬への道路通行止め
- そんなことを考えながら,北海道に入った。機は徐々に高度を下げた。えりも岬の方角は薄く雲がかかり,下の十勝平野は雨で道路が黒く光って見える。梅雨前線の影響で十勝地方も3,4日雨が続いているらしい。
- 帯広空港で,機内に持ち込んだフロントバッグ(自転車のハンドルに取り付けるバッグ)以外の,パニアバッグ(自転車の荷台に振分け荷物のように取り付けるバッグ)とディバッグ(小さいリックサック)と輪行袋(乗り物に乗せるため分解した自転車を包む袋)に入れた自転車(「ヒデバロ号U」が正式名称ですが,文中は「ヒデバロ号」といいます。)を受けとった。早速,北海道道路情報センターに電話をして道路状況を確認すると,黄金道路(国道336号線の広尾町からえりも町までの区間)のうち,音調津(おしらべつ)から庶野(しょの)の間が雨のため通行止めとのことである。今回の旅行のスタート予定地点であるえりも岬に行くルートは,黄金道路のほかは日高山脈をこえる天馬街道があるが,帯広空港から自転車で行ける距離,高低差ではない。「えりも岬ユースホステル」に電話をしてその旨を伝えると快く,当日のキャンセルに応じてくれた。
- 空港ビルの軒下でヒデバロ号を組み立てながら,今日の行き先を考えることにした。自分の計画の甘さが少しイヤになった。そこへ,同じ飛行機でやってきたランドナー(旅行用の自転車)を組み立てていた2人のチャリダー(自転車で旅行する人のこと。バイクはライダーという。)が話しかけてきた。彼らは然別湖(しかりべつこ)へ行き,その後道東を回るという。ヒデバロ号を組み立て,荷物をヒデバロ号にくくりつけ,サイクルパンツ(サイクリング用のお尻にパッドが入った膝上丈の股引のようなパンツ)に履き替え,レインウェアを着て,写真を撮った。
- 彼らは,予定どおり然別湖へ向かった。
- ボクは未だ行き先が決まっていない。考えられる案は3つ。帯広駅前のビジネスホテルに泊まる。池田町のワイン城などを観光して十勝川温泉に泊まる。とにかく予定どおり行けるところまで行く。そして,考えた末,帯広市街に向けて出発した。理由は,小雨とはいえ雨の中を走るのはつらい。風邪気味のところ本格的に風邪をひいたら計画を中止せざるを得なくなる。1日100kmを1週間走り続けるのは今でも不安で,この雨はきっと神様の思し召しなのである。
- 帯広空港の出発は,11時になってしまった。予定では9時45分のはずで,飛行機が遅れたとはいえ,いかに気が乗らなかったかがわかる。空港道路に出て右折する。20kmで帯広だ。雨の中,自転車が重い。
南下、広尾町へ
- しかし,何のためにここへ来たのか。ふとそんなことを思った。
- やっぱり,えりも岬まで行けなくても行けるところまで行こう。少なくとも,海の見えるところまで行こう。海の見えるところ,広尾町のフンベの滝まで行こう。そう思って,2km行ったところでUターンした。
- 後は,ただ真っ直ぐな道路をサイクルコンピュータ(速度計,距離計などに切り替わるハンドルに取り付けるメータ)を見つめながら黙々と距離を稼ぐ。飲料水を買うコンビニや自販機どころか人家もない道である。約1時間,突然,ドライブインのような大きな施設が出現した。村の観光物産施設だそうで,レストランも自販機もある。ただ人はほとんどいない。そこで妻が朝食用にと持たせてくれた菓子パン2個を立ったまま食べた。今日の宿が決まっていないので気がせくようだ。10km以上も自販機がないようなところでは,宿もないかも知れない。あったとしても,道路が不通で足止めされた人で満室かも知れない。そうだ15km先の忠類村にある「アルコ236」という公共宿泊施設にキャンセルで空きができたかも知れないと電話をした。しかし,満室だそうである。ついでに広尾に宿泊施設があるかと聞くと,教えてくれるということで,とりあえずアルコ236に向かった。不安が少しでも解消されると足取りも軽くなるようである。
- アルコ236は,国道236号線沿いにある道の駅(北海道に多くある国道沿いのサービスエリア)に併設されている。フロントに行き,先ほど電話でお願いした者であるというと,親切にも広尾のホテルに電話をして予約までしてくれた。北海道の人は本当に親切である。記念に写真でも一緒に撮ろうと思ったが,雨でくしゃくしゃになった髪の毛,汚れた靴,黄色いレインウェアの上着に下は膝上のぴっちりしたサイクルパンツ。こんな姿の者がフロントでうろうろするよりもすぐ消える方が,お礼になると思い,すぐ退散した。外に出ると,雨もやみ,空も少し明るくなっていた。携帯電話が鳴った。応援隊のSさんからである。便利な世の中である。見ず知らずの土地で知っている人の声が聞ける。
- ここから広尾まで32km。雨で平均速度が遅くなっているものの,約2時間で着ける。15時までには着ける。しかし,大樹町に入ったところで,また雨が降り出した。町役場の前の陸橋の下で雨足が弱くなるのを待つが,弱くならないので出発した。公民館の庇の下で雨宿りしている下校途中の小学生の集団が手を振って大きな声で応援してくれた。去年,道南をまわったときもそうだったが,小学生はチャリダーが好きなようである。
- 国道336号線に入り路肩の巾も狭くなった。道路の巾は8mくらいあるのだが,自動車の轍に水がたまり,その左側の轍の外側30cmくらいのところに路側帯を示す白線が引いてある。その白線の外側にはカマボコのような段差があり,30cmくらいの路側帯がある。さらに,その外側の草地は,この雨で湿地のようにズブズブになっている。左にそれると湿地にはまりヒデバロ号ごと北海道の雨の原野に放り出される。右にそれるとカマボコにタイヤがとられ横転しそうだ。こんな道路の路側帯を曲芸のように走っていく。ただ,ただ,「北海道に梅雨がないっていったのは,誰だ!」「北海道の道路は広い。路側帯は1mもあるなていうのは,うそだ!」と心の中で叫びながら,横転して追い越していくトラックに轢かれることがないようにと祈りながら。写真を撮るのでもなく,景色を見るのでもなく,MDを聴くのでもなく,走った。ただ,ただ,走った。思い起こすと,今回の旅行で1日の行程では最も短い距離だが,最も長く感じた。
- 2時間後,広尾港が見えた。特に感激はしなかった。この雨を甘く見て防水対策を十分にやっていなかったので,早くホテルで荷物を乾かしたかった。
- 「ホテルむらかみ」は,すぐに見つかった。個室に案内され,大浴場で暖まると幸せな充実した気持ちが浸み出してきた。予定どおりではないが自分で決めてそれが達成できたからだろうか。
- 16時頃,雨がやんだので,フンベの滝に行くことにした。途中,黄金道路入口には通行止めの表示があり,黄金道路の覆道は,ローマの神殿のようだった。フンベの滝に着く前から急に強い雨が降り出し,滝は写真を撮っただけだった。覆道の中で雨宿りをしながら荒れる海を見ながら,いつの日かこの道をえりも岬まで行ってやると思った。
- 雨足が弱くなったところで,5kmの道を全速力で走り,酒屋で缶ビールを2本買った。風呂にもう一度入り,ビールを飲んだ。濡れたものを乾かすため,荷物を全部広げた。4時過ぎから起きているのにブランチのパン2個だけだったので,晩ご飯は4杯も食べてしまった。
- 明日からの天気が気になるので,テレビはニュースばかりを見ている。応援隊のRさん,Yさんから電話があった。「実は,やめて自宅にいるんだ。」といってみたかったが,この旅行を自分のことのように楽しみにしている人たちに冗談は言えなかった。みんな,心配してくれているんだ。ありがとう。
- 風邪はよくならないが,体力は思ったほど消耗していない。
- 今日の走行距離は,66kmである。
- 就寝時刻は,たぶん22時。
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