「マディソン郡の橋」やカバードブリッジの話」

古屋 信明

1.まえがき

 同期会ホームページが98年秋に開かれる時、事務局から「マディソン郡の橋」のことでも書いて欲しいと依頼されていた。その時には私は映画は見ていたが、マディソン郡を訪ねたことはおろか、その種の橋を実際に目にしたこともなかったので、「橋と半生」という駄文で勘弁してもらった。その後10月にアメリカのボストンに行く機会があり、近郊のニューイングランドの紅葉の中にたたずむ「その種の橋」を訪ねてきた。これでようやく、事務局の最初の宿題への答案を書くことができる。

2.Covered Bridgeとマディソン郡の橋

Carlton Br

  その種の橋はカバードブリッジと総称されており、屋根付き橋ということになるが、木橋(多くの場合はトラス橋)を雨から守って長持ちさせるために、屋根(や壁)をつけたものである。したがって横から見ると、川の上にわざわざ小屋を建てたような感じになる(右の写真−1参照)。

Cresson Br

しかし写真−2(左の写真)に見るように、自動車を渡す橋としての機能はちゃんと有している。

 トラスというのは、橋を力学的な耐荷機構から分類したときの用語であって、皆さんになじみ深い例としては、JR総武線が江戸川を渡る橋がトラスである。一つ上流の国道14号の橋も、もう一つ上流の京成電車の橋もトラスである。
今ならトラスは鋼で造り、耐久性があるから構造をむき出しにしているが、産業革命で鉄の大量生産が始まる前後のいわば鉄鋼が貴重品に近かった時代・あるいはそのような地域では、木を使ってトラスを架けた。そして、今も昔も橋は高価な社会基盤施設であるから、昔の人は、木で造った大切な橋に服でも着せてやるように屋根や壁をつけて、雨やその結果としての腐食から橋を守ろうとしたのである。これがカバードブリッジである。

 一方、「マディソン郡の橋」(ロバート・ウォラー著)はお読みになり、あるいは映画に涙された方も多いと思うが、アイオワ州マディソン郡を舞台にした悲恋物語である。背景に同郡ウィンターセット市近郊のカバードブリッジが登場するが、運命的な恋に激しく陥ちていった2人(フリーのカメラマン:ロバートと農場の主婦フランチェスカ)を見守っていた橋には、「ローズマン・ブリッジ」という名前がついている。

 残念ながら私は、アイオワを訪ねたことはない。私が知っているのは、

  1. アメリカ地理学会が出しているNational Geographicという、写真のきれいな月刊雑誌(最近は日本語版も出ている)がマディソン郡のカバードブリッジを紹介したのは事実であること、
  2. 小説や映画はその取材時の出来事を擬していること(設定は1965年8月)、
  3. ウィンターセット市は、アメリカ中部のコーンベルト地帯に位置するアイオワの州都デモイン(Des Moines)の南、約50kmのところに位置し、西部劇映画のヒーロー:ジョン・ウェインの生れた町でもあること、
  4. 65年には7つあったマディソン郡の橋のうち1つはその後、人妻に恋をした青年の嫉妬による放火で焼失したこと、
  5. アメリカでのカバードブリッジの宝庫はむしろもっと東部のペンシルベニアやオハイオであること、

などである。

 日本にも屋根付きの橋は無くはないが、例えば平安神宮・橋殿のように、水面上の建物に近い印象のものが多いようである。また愛媛県喜多郡河辺村・同内子町には、素朴な感じの橋が何橋かあるという。

 私が98年10月に訪ねたニューハンプシャーやバーモントの橋での感想から言うと、木の橋であるから、鋼やコンクリートと違って材料的な暖かみがあるし、明石海峡大橋のように、それを造った人間を圧倒するようなスケールにはなり得ないから、橋に寄り添う安心感を持てる。
また、田舎道に架かっている橋だから、丘の裾を回り込んだ時にふと目の前にあった、林を抜けるとすぐそこにあった・・・・というような出会い方をする。これが実に良い。橋の中から外を見ると、あたかも納屋の中から庭を見ているような優しさに包まれる(下の写真−3)。

Coombs Br

ニューイングランドの紅葉には、北国特有の華やかさ・彩りの強さがあるから、それを背景にしたカバードブリッジは、橋という構造物のもっとも幸福なあり方の一つだな、という思いを強くしたものであった。

3.映画と小説

  映画は小説を下敷に創られることが多いが、言うまでもなく、対象の扱い方の得手不得手・効果などにおいて、同一のテーマであっても両者は別のことを表現している。
「マディソン郡の橋」の場合、私は先に映画を見、あとで小説を読んだ。小説を読んだのは、カバードブリッジに実際に会うことができ、出張用務であったアメリカ土木学会年次総会での明石海峡大橋についての発表がまあうまく終って、帰国する飛行機の中で、である。

 カバードブリッジがどんな橋であるか、2人で訪れた時にロバートがフランチェスカの写真も撮ったローズマン・ブリッジはどんな雰囲気か、等においては映画は強い。また、2人の子供たちがローズマン・ブリッジの上で、「お母さんはどうして、先に亡くなったお父さんの横に埋葬されることを望まずに風変りな火葬を選び、おまけにこの橋から撒かれることを望んだのだろうか」といぶかりながら、1989年1月の冬枯れの小川に母親の遺灰を撒く時の心理的な気温の低さ、情景の寂しさ、その背景にある橋の表情などは、百万言を費やしても映像の1カットに勝てるはずはない。このように哀切きわまりない橋を、私はほかには知らない。

 しかし、小説の方が優れている分野もあって、それは心理描写である。映画を見た時、2人の恋の発展の激しさに不自然さを感じていたが、そしてこれは不倫の恋をテーマにした映画の多くに共通する印象であるが、小説ではそこがうまく書けていた。なるほど、星が落ちてきて当ったように、2人は運命的に結びつけられていたのだな、と得心できたのである。

 結ばれた後に、「家族の信頼を裏切るわけには行かない、裏切ればあなたが好きな私は変質してしまう」と、恋を断念して一生を堪え忍ぶことを選んだフランチェスカの苦しさも、ロバートが自分の死後に愛用のカメラと遺書とが彼女のもとに届くように処置しておいて、会って別れてそれ以来2度めの音信で自分の死を伝えてきたという自制された恋の切なさも、小説ではよく表現されている。
1979年に夫に先立たれてから初めて、フランチェスカはロバートに連絡をとろうとしたのであるが、その時には行方を隠していたロバートも程なくして82年1月に世を去り、その遺言によって、火葬にされ、フランチェスカに知らされることなくローズマン・ブリッジから散骨されていたのである。

 だからフランチェスカも、「お母さんは家族を愛していたし、尽くしてもきた。それができたのはロバートと出会い、その思い出に支えられてきたからである。だから、私の死後の最後の残り物(remain)をロバートに捧げることは許して欲しい」と遺書を残したのであるが、その思いの真の激しさを表現するにおいては、言葉が強い。

 映画に話を戻すが、メリル・ストリープとクリント・イーストウッドが好演していた。ストリープは私の好きな女優である。彼女にこのような役を演じさせると、実にうまい。不倫の恋が成就するなどというのは様にならないから、全て破局に至るのであるが、7色の声を持つというストリープが主演し、アフリカを舞台にして別れを美しく描いた「Out of Africa(愛と哀しみの果て)」は感動深い映画であった(邦題には賛成しかねるが)。
これは、不倫の物語というよりは、個性と人生哲学の相違による悲恋を描いたものであるが、出会いと永別を見守っていたのは、ライオンやシマウマ、そしてコーヒー畑であった。
この映画の原作は、デンマークの女流作家アイザック・ディーネセンが自分の経験をふまえて書いた「アフリカの日々」(晶文社)であるが、こちらはアフリカの大地そのものを歌った叙事詩である。本のどこにあのように切ない恋物語が隠されていたのか、という感想を持つ。まこと、文学と映画は別な世界を表現している。

 Out of Africaでの主演男優はロバート・レッドフォードで、この人も私は好きである。レッドフォードが、唇をやや曲げてかみしめながら、ままならぬ恋の行方に耐えている姿には、同じ男であるならばああいう雰囲気を醸し出したいものだ、という風格がある。
「The Horse Whisperer(モンタナの風に抱かれて)」は、そんな彼の、そのような最近作である。共演はクリスティン・スコット・トーマス。この映画でも魅力的であったが、ついにはサハラ砂漠の片隅の岩山での死に終わる恋の道筋を、ジグソーパズルを組立てていくような謎解きをさせながら丁寧に描いた、「イングリッシュ・ペイシャント」の彼女はもっと素敵だった。

4.あとがき

 橋は人や物を対岸に渡すために建設されるから、喜びや悲しみも橋を渡る。
そして、ある時にはローズマン・ブリッジのように、人が立ち止って人生の哀歓を振り返ることもあるのである。
私も何十年かのち、その建設に深くかかわった明石海峡大橋のたもとから、明石海峡の流れの中に帰りたいものだと思っている。しかし、世界最大のこの橋は人間の感傷とは次元の異なるスケールであるため、そこで灰を撒いてもらっても絵にならない気がする。ちっぽけな1個人の終焉を見守るには、やはりマディソン郡の橋のようなカバードブリッジが良いようだ。


●カバード・ブリッジ(Covered Bridge)で検索すると多くのページが検索できる。古屋君の労に感謝して、いくつかのホームページを紹介したい。

マディソン郡(Madison County)
マディソングの橋であるローズマン・ブリッジからジョン・ウェインの生家などが掲載されており、「マディソン郡の橋」の小説や映画のことも詳しい。

ジョージア州の歴史的カバード・ブリッジ(Historic Covered Bridges of Georgia)

古いカバード・ブリッジの写真(Photos: Old Covered Bridge.)

にわ郡の橋
ここに熱田の「裁断橋物語」が掲載されている。この橋の擬宝珠(ぎぼし)に残る銘文は、日本女性三大名文といわれている。子を思う母の想いが記されており、「マディソン郡の橋」には感動しない私も感動する。

宇佐八幡宮
ここに日本におけるカバードブリッジである呉橋の写真が掲載されている。

●なお佐藤仁子さんからも信州の鹿教湯温泉にも屋根つきの橋があると連絡がありました。「マディソン郡の橋」を上映している映画館で知ったとのことです。

塩田平の文化と歴史

文殊堂と五台橋


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