東南アジア

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11 シンガポール Date:10/27/2001-Sat-1:53:06-PM 

こんなご時世に毎度お気楽な書き込みですみません。

シンガポールはおかしな国。マレー半島の端っこの小さな島。建国の経緯は複雑なのだろうが、人口の7,8割が中国系のいわゆる華僑。マラッカ海峡の交通の要地を押さえた中国の植民地というと言葉が過ぎるか。返還前の香港と植民地としての類似性を感じる。方やイギリスという旧帝国主義の植民地、此方中国の新しい形の植民地。

人工の島。自然はないに等しい。
名物はマーライオンという訳の分からないマスコットだけ。国の至る所においてある。

元々のマーライオンは、港にあるが、道路が前に出来てしまって景観が悪くなってしまった。

植物園、動物園は楽しめる。これも人工施設。

「おかま」の街があり、夜の市街見物で回る。おかまも一種の人工といえる。おおっぴらに街にたむろしている。

厳罰主義の政策で街にゴミがない。煙草の吸い殻でも捨てると罰金を取られる。国中が清潔である。

しかし、屋台も許された場所でしか営業できず、なんだか息苦しい。
香港のいい加減さが懐かしい。


21 タイ Date:2/12/2002-Tue-6:54:55-PM 

タイと言ってもバンコクの市内しか行ったことがないので他の場所はご紹介出来ません。

タイは敬虔な仏教国と聞いて出かけたが、ちょうどバレンタインデーでホテルには大きなデコレーションが飾ってあった。なあーんだ。きっとクリスマスも盛大にやっているのではなかろうか。

バンコクの市内観光はお寺回りがメイン。冬に日本から行くと暑いのと仏像が金ぴかで目が回りそうになる。

観光船で水上マーケットを回るツアーがあるが、この観光船がおもしろい。木造の細長い船体で、エンジンは船体の後ろにトラック用のジーゼルエンジンとスクリューが直結されむき出しであり、これを船員が握って舵を切っている。音はうるさい。スピードはものすごく速い。チャオプラヤー河を爆走する。まるで川の暴走族。自然に観光船どうしの競争となる。揺れ、水しぶきで興奮する。

タイの食べ物は明らかに中国料理とインド料理の混血であることが分かる。それなりにおいしいと思う。

私の友人は、毎年正月は、飽きずに家族連れでバンコクに滞在している。別に何をするわけでなくぼんやりしているらしい。

そもそも、バンコクあるいはシンガポール等東南アジアの湿気が好きなんだそうだ。それにしても何でバンコクなんだと思うが。


29 インドネシア ジョクジャカルタ Date:3/22/2002-Fri-7:11:18-PM 

インドネシアの古都、ジョクジャカルタ。

去年の2月、ジョクジャカルタ郊外のボロブドゥールとプランパナンの両遺跡を見に行った。

遺跡に向かう途中で大規模なデモ隊に出っくわした。
当時、大統領であったワヒドを解任するしないでインドネシア中がもめていた。スハルトの長期政権が倒れ、傀儡のハビビも駄目で、ワヒドが選出された。

私は、ワヒドはイスラム教の聖職者だそうで、眼も不自由で、且つ顔が元クレージーキャッツの谷啓に似ているので、結構良い人が出てきたと思っていた。しかし、頑固でつまらない冗談ばかり話して政治はカラッキシということで解任運動が沸き上がった。

そんな最中に出かけた。もなかではない。

デモ隊ということで当然にワヒド大統領反対派かと思ったら、ワヒドはジャワ島東部の出身だそうで、出身地の賛成派だった。

どこの国でもふるさとはあたたかいものだ。

勿論、おこぼれねらいかも知れないが。

大体デモは、興奮、混乱が付き物で、外国人観光客のバスなど狙われたら焼き討ちとなる。
我々のバスは、国道の端っこにおとなしく停車し、デモ隊が来るのを待った。

インドネシアのデモ隊は、徒歩じゃなかった。暑い国だからか。

まずオートバイが何十台も走ってきて先導している。アレッ、何だこれ、暴走族じゃないか。オートバイばかりでなく、トラックだのジープだのが走ってくる。トラックの荷台には溢れんばかりの若い女の子が満載されている。

旗を立てたり、スピーカをつけ何かを叫んでいる車もあるが、殆どは何もアピール等はしていない。荷台の女の子もただ立っているだけ。

オートバイと車を合わせると数百台か。千台は無かったと思う。時速4,50キロくらいの速度でダダダッと駆け抜けていった。どの位の距離をデモしていくのかは全く分からない。

昔、1969年頃、「10・8」だの「10・28」だの「国際反戦デー」だのでデモをしていたことを思い出した。

ある時は、まず池袋の立教大学に集結し、隊列を組んで出発。
国鉄の高架をくぐり、明治通りに出て、南下。学習院の下、早稲田の理工学部の前を過ぎ、新宿で左折し、靖国通りに入る。厚生年金会館の前、市ヶ谷の自衛隊の下を過ぎ、お堀を渡り、市ヶ谷駅を通って靖国神社の坂を下り、九段下の交差点を左折。

なんだか落語の「黄金餅」みたいになってきた。

飯田橋の駅に向かう途中、機動隊の指揮車から「全員、タイホー」の声がかかり、機動隊員が追っかけてきた。300メートルくらい全力疾走で逃げてデモは終わった。

いったい何キロくらい駆けたのだろう。駆けたと言うほどではなくともジグザグだから距離は出ているはず。

フルマラソンの経験者には笑われるが、私にとっては最長距離だ。

今は、駅の階段を駆け上がっただけで足がつり、心臓が破裂しそうになる。

ボロブドゥールやプランパナンの遺跡は勿論素晴らしかった。


54 バリ Date:10/19/2002-Sat-7:16:39-PM 

また悲劇が起こされた。
まさかバリでテロが起きるとは思わなかった。日本人観光客にも被害者が出たそうな。ご冥福をお祈りいたします。

バリ。

「最後の楽園」とも称される島。
国民の大多数がイスラム教のインドネシアでは珍しくヒンドゥ教が残っていて、その為か独特の文化が色濃い。

珊瑚礁と青い海、緑豊かな山。ゆったりと時が流れ、心が癒される。若い人に毎年の様に通う人も多い。私の友人は仲間と家を1軒買って通っていたこともある。

今から考えればインドネシア随一の観光地で外国人観光客が多く、観光収入もたいへんなところだからテロに狙われる場所とも言えるか。

もうイスラムに関係する所には行けないと弱気になりそう。

テロが起きたのは繁華街のクタ地区。海岸に沿っている。サーフィンに適した波が来るのでサーファー達に人気がある。

私が泊まったのはヌサ・ドゥアという少し離れたリゾート地区で地区の入口にゲートがあり、ホテル等の関係者か宿泊客しか入れない様になっている。
と言ってももう安心とは言えなくなった。

さて。
ホテルの日本レストランで食事をした。刺身は本マグロが近くで取れるのでとてもおいしかった。

現地の若いウェイトレスが日本の和服を着て給仕をしてくれる。日本の和服と言うのも表現としておかしいが。
「私のラバさん、酋長の娘。色は黒いが南洋じゃ美人」「踊れ、踊れ、踊らぬ者は、誰がお嫁に貰うものか」なんて古い歌を思い起こされる。

こいつはどんな家庭環境で育ったのだと疑われそうだ。

でも雪駄をばったん、ばったん引きずって外股に歩いているのには興が冷める。どこかで見た風景だと思ったが、相撲取りと同じだと気が付いた。よくJRの駅で幕下くらいのお相撲さんが浴衣に雪駄履きでぞろり、ぞろり、ばったん、ばったんと歩いているでしょう。

男が外股、女が内股とは男女の肉体的な差から生ずるわけではないことがよく分かった。

またくだらない話になってしまった。反省。


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