アメリカ

「旅の小話」の目次へ


9 ニューヨーク Date:9/13/2001-Thu-1:06:26-PM 

世界貿易センタービルは、マンハッタンのほぼ南端にある。
近くにバッテリーパークという公園があり、ここから自由の女神のリバティー島へ渡る観光船が出ている。船中からも自由の女神の中の展望室からもマンハッタン摩天楼がよく見え、貿易センタービルはひときわ目につく。又、反対側のブルックリンからの夜景にもなくてはならない存在となっている。

現代アメリカの繁栄、経済、マネーパワーの象徴といえる。

これを失ったアメリカ国民の怒りは真珠湾どころではないだろう。

犠牲者の方々のご冥福を祈り、救助を待つ人々のいち早い救助を祈ります。


19 ボストン Date:2/2/2002-Sat-3:12:47-PM 

高々200年程度の歴史しかないアメリカではボストンは古都である。

日本人が奈良、京都に抱く感情をアメリカ人はボストンやフィラデルフィアに抱いている。
坂があり、イギリス風の街並みもあり、清潔で落ち着いた町である。ボストン美術館もある。ボストンレッドソックスもいる。

ボストンで初めて地下鉄に乗った。一人で。駅に行き、出口から入ろうとして初戦敗退。

アメリカ人の後ろに付いて行って切符売り場まで入れた。前のアメリカ人の動作でトークンという地下鉄用のコインを買うことまでは分かった。トークンを買ってお釣りを貰った途端に、トークンとお釣りのセント硬貨がが混じって又敗戦。

危なげに見ていた切符売り場の係員に分類して貰った。

次にトークンをどうして良いのか分からずうろうろした。前のアメリカ人はとっくにいなくなっていた。これで3敗目。

ようやく構内に入れた。

構内はうす暗い。人も少ない。アメリカの地下鉄は怖いとさんざん聞かされていたので勇気を振り絞って来たが、やはり何か気持ちが落ち着かない。

午前10時近くだというのに、一人の黒人が気持ちよさそうに歌っている。低く響くスクーナーがかったいい声で構内中に響き渡っている。この時間たまたま気持ちがいいのか、いつでも気持ちがいい人なのか分からず、遠くの壁に張り付いて電車が来るのを待った。まるで忍者だ。

電車は時代がかったレトロな木造車両で、たちまち気に入った。日本の昔のチンチン電車が連結されている感じ。その後懲りずに何度か乗った。

ニューヨークでは、危険な場所や危険な時間に行動しなければ安全だと言う。どこが危険か、何時が危険かはツーリストには分からない。

ニューヨークの地下鉄で電車を待つときはホームの中程で待てと言う。中程に地下鉄職員のいる待機所があるから、襲われても直ぐに助けが来てくれるそうだ。

又、地下鉄は日中の乗客が少ないから日中は危ないのでそうだ。

ボストンからチャールズ川を越えるとケンブリッジ。ケンブリッジにはケンブリッジ大学はなく、ハーバード大学がある。混乱する。隣にMIT、マサチューセッツ工科大学がある。そうかボストンはマサチューセッツ州だったんだと思い出す。

夜、ボストン湾でディナークルーズに参加した。ロブスター料理が出るというのでこれに惹かれて。最悪のディナークルーズだった。

ディナークルーズというのは、まず夜景が良いのが第一条件。それにおいしい料理と楽しいショーが付いて合格である。
ボストン湾の夜景は何も見えない、と言うより何もない。ショーも我々のフロアーではやっていない。料理はなかなか出てこない。一皿食べ終わると次の皿が出るまで一眠りが出来る。

海の上だから試合放棄して逃げ出すことも出来ない。

ロブスターの味ですか?憶えていません。


71 ニューヨーク 2 Date:2/17/2003-Mon-11:11:06-AM 

行きつけのバーのマスターは鉄道好き。鉄道話で盛り上がる。私がアメリカに行くと話すと列車の切符をお土産に買ってきて下さいと頼まれた。

ニューヨーク。
グランド・セントラル・ステーションに切符を買いに行った。駅舎の外観はただのビルのように見える。中にはいると圧倒される。これが駅?豪華。荘重。
これで気が小さい私は腰が引けた。そうはいっても約束してきたから仕方ないので切符売り場を探す。自動券売機もあるが有人の売場もある。有人の方は人だかりがしている。

私は人嫌い、且つ英語が話せないので並んでまで買う気にはならない。自動券売機で買おうと機械の前に立つ。ところが日本と違い、まず行く先の駅名のボタンを押さなければならないらしい。ボタンを押すと料金の表示が出て、その金額を入れると切符が出てくるようだ。私には行き先はない。一番安い切符を記念に買うだけだから。

日本だったら取りあえず小銭を入れてライトが就いたらボタンを押せば買える。仕方がないので入場券を買おうとする。この駅には改札口がない。誰でもホームには入れるようだ。よって入場券がない。敗退して買わずに帰る。

マスターには地下鉄のトークンを土産にすればいいや。
次の日、暇だったのでマンハッタンの南の果てまで行ってみようかとバスに乗った。気に入った所があればそこで降りても良い。バスがペンシルバニア・ステーションの前を通ったのでとっさにリベンジを決意し、あわてて降車のボタンを押し運転手に文句を言われながら降りる。

今度は有人の切符売り場は客が誰も居なかった。会話に自信がない上に近くに人がいると聞かれるのではないかと焦って益々訳が分からなくなる。近くにいる人が日本人だったら絶対にしゃべらない。恥ずかしい。

一大決心をして
「アイ・アム・ア・ジャパニーズトラベラー」
「アイ・ウォント・ア・チケット」
「スーベニア・チケット」
「モースト・チーペスト・チケット」
買えました。

値段は忘れました。1ドルくらいだったか。今でも行きつけのバーの壁に張り付いています。


98 ニューヨーク 3 Date:8/4/2003-Mon-6:43:11-PM

早めの夏休みを取り、ニューヨークに出かけた。
二つの世界大戦、東西の冷戦、冷戦終結後の民族紛争という戦争ばかりだった20世紀が終わり、この世紀は平和な世紀にしたいという切ない願いと共に開いた新世紀の最初の年の2001年9月11日。

ニューヨーク・テロ。そして戦争が続く。

ワールド・トレード・センター跡地、「グランド・ゼロ」に行った。周囲を金網で囲った大きな工事現場としか見えない。ここが今世紀の「原標」となる場所か。ここが。

テロの犠牲者を悼む気持ちは勿論だが、人間の愚かさへの絶望感も沸き上がる。再び巨大なビルを建てることが決まったらしい。今後何百年か、そのビルがニューヨークの観光スポットとなり続けることだろう。

ニューヨークの治安はとても良くなった。景気が良いこと、ジュリアーニ前市長の政策が良かったことも勿論だが、戦争の高揚感もあるのではないか。

地下鉄に乗ってハーヴェイ・カイテル主演の「スモーク」、「ブルー・イン・ザ・フェイス」の舞台、ブルックリンのプロスペクト・パーク近くに行ってきました。
映画の画面の中に「YOU ARE HERE」と出ていたので地図で探しながら。どこにも「たばこ屋」はありませんでした。

周囲は高級住宅地で、瀟洒なタウンハウスばかりで、映画に出ている下町の雰囲気は全くありません。まして雑多な登場人物のような人達もどこにもいませんでした。少しガッカリしました。

帰って2本の映画を見直しました。やはり私にはこれがブルックリンだという「ブルー・イン・ザ・フェイス」の方がまとまらないまとまりがあって楽しいと再感しました。


「旅の小話」の目次に戻る